兵庫県・明石市
明石市―海峡の港から城下町、日本標準時の町へ
明石では、船が東西へ行き交う海峡と、日本の時刻を定める子午線が、空間と時間の基準を交差させます。
公開 2026-07-21 / 史実・出典の最終確認 2026-07-21
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古代
1. 明石海峡―畿内西端の海上交通
明石海峡は瀬戸内航路の重要地点として古くから認識されました。
潮流の難所であることが港と航海技術の価値を高めました。

明石海峡―畿内西端の海上交通を公的資料に基づいて構成したイメージ
奈良〜平安時代
2. 魚住泊―公的な港を整える
行基による築港伝承をもつ魚住泊などが海上交通を支えました。
海峡を渡るだけでなく安全に待つ場所が地域を育てました。

魚住泊―公的な港を整えるを公的資料に基づいて構成したイメージ
1619年〜|近世
3. 明石城下―海峡を見守る城と町
小笠原忠真の入封後、明石城と城下町が整備されました。
城下は山陽道と海路を監視・接続する位置に置かれました。

明石城下―海峡を見守る城と町を公的資料に基づいて構成したイメージ
1888年〜|近代
4. 鉄道と東経135度―時間の基準になる
山陽鉄道が開通し、東経135度の子午線を基準とする日本標準時が定められました。
高速移動の鉄道時代に全国共通時刻が必要になった背景と響き合います。

鉄道と東経135度―時間の基準になるを公的資料に基づいて構成したイメージ
戦後〜現在|現代
5. 海峡大橋と住宅都市―近さが変わる
鉄道沿線の住宅化が進み、明石海峡大橋の開通で淡路島との結び付きも変化しました。
海峡は隔たりであると同時に都市圏をつなぐ正面玄関です。

海峡大橋と住宅都市―近さが変わるを公的資料に基づいて構成したイメージ
出典・参考資料
本文は以下の公的資料を要約して構成しています。リンク先の文章や画像を転載したものではありません。